久我山東原公園の経緯
久我山東原公園は、元々農地だった場所を一時期区民農園として利用してきましたが、 都区内でも公園の少ない杉並区は、 区役所や地域住民(自治会、小学校PTA等)と数年にわたって協議を行って開設された地域住民と杉並区が協議して開設してきた公園でした。
その後、公園は地域の憩いの場として、老若男女がくつろいだり、こども達がボール遊びができる公園として20年以上に渡って親しまれてきました。下記の記録はその一部(約800㎡)が潰されて 民間の保育園が建設された経緯を記録として残しています。



















